中身がないのに、凄そうに見せるのダサくないですか?

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数日前、ルキノさんのメルマガを、私のメルマガで紹介しました。

というか、ほぼ無断転載しました。笑

 

そしたら、私が運営しているコミュニティ「Re-nk(リンク)」の中で、ルキノさんがこんなことを書いていました。

 

 

「夢が叶いました」という投稿

夢が叶いました

草薙さんのメルマガに無断転載されました!

いやあ、草薙さんのメルマガに自分の文章が無断転載されるの地味に夢だったんですよね…

 

・どうやったら無断転載されるのか?

・草薙さんの琴線に触れる文章とは?

・無断転載されるときはホントに無断なのか?

・実はちゃんと事前連絡があるのか?

 

思考と妄想が尽きなかったわけですが、何はともあれ夢が叶いました。

もう現世に思い残すことはありません。未練なしで来世に旅立つことができます。

この度は、無断転載、本当にありがとうございました!

 

追伸

ちなみに無断転載はホントに無断でしたw

びっくりしましたが、半年振りくらいに胸がドキドキしたので、久しぶりの感覚を味わえてよかったです。

 

無断転載されて喜ぶ人、初めて見ました。笑

そして、

大袈裟すぎる。笑

 

 

ただ、この投稿の中にあった言葉が、少し気になったんですよね。

「草薙さんの琴線に触れる文章とは?」

これです。

 

自分は、どういう文章に心を動かされるんだろう。

どういうメルマガを読んで、「これを紹介したい」と思うんだろう。

少し考えてみました。

 

 

私の琴線に触れるのは「本音がどストレートに出ている文章」

たぶん、これなんだと思います。

本人の本音があって、それを変に格好つけずに出している文章。

 

私は、上っ面だけでそれっぽいことを書いている文章が、ほとんど頭に入ってこないんですよね。

メルマガを開いても、スーッと素通りする。

読んだはずなのに、何も残っていない。

そんな感じです。

 

逆に、

「この人、本当にそう思っているんだな」

と伝わる文章は、読んでしまいます。

 

「分かる」

「自分も、そう思っていた」

と、引っかかるものがある。

文章が多少不器用でも、その人自身の考えが見えると、続きを読みたくなるんですよね。

 

言葉選びが上手い。

構成がきれい。

表現力がある。

もちろん、それはあった方がいいです。

 

でも、私にとっては、そこが一番ではありません。

文章の上手さよりも、その人が本当に何を考えているのか。

そちらに惹かれるんだと思います。

 

本音を書くことと、強い言葉を使うことは別です

ここは、勘違いしてほしくないところです。

 

「本音をストレートに書く」

と言うと、わざとキツい表現にしたり、攻撃的にしたりする人もいます。

毒を入れる。

過激な単語を使う。

汚い言葉で目を引く。

 

でも、私が言っているのは、そういうことではありません。

自分が本当に思っていることを、そのまま出す。

それだけです。

 

穏やかな言葉でも、本音は伝わります。

淡々とした文章でも、その人が大切にしていることは伝わります。

 

逆に、どれだけ強い言葉を並べても、本人が何を考えているのか分からなければ、私にはあまり残りません。

強い言葉を使ったから、本音になるわけではないんです。

 

 

AIが書いた文章でも、本人の本音は伝えられます

そして、これはAIか人間かという話でもありません。

 

人間が書いたから、本音が伝わる。

AIが書いたから、本音が伝わらない。

そんな単純な話ではないと思っています。

 

大切なのは、

文章の中に、本人の本音が入っているかどうか。

 

本人の考え。

本人の価値観。

本人の経験。

そして、本当に言いたかったこと。

 

そういうものをAIに渡して、文章に整理してもらう。

出てきた文章を読み、自分の意図と違うところがあれば直す。

そのように使えば、AIを使ったからといって、本人の本音がなくなるわけではありません。

 

文章を整えるのはAIでも、中身は本人。

そういう発信はできるんです。

 

「これ、私の本音が詰まってます……」

少し前、私がサポートしている方に、

「自分の本音を出すAIメルマガ」

という書き方を教えました。

 

そして、実際にその方法でメルマガを作ってもらったんです。

完成した文章を見て、その方が言いました。

「これ、私の本音が詰まってます……」

と。

 

面白いのが、その文章には、いわゆるAIらしい言い回しも残っていたことです。

別に、AIっぽさを完全に消したわけではありません。

 

煽っていない。

キツい単語もない。

汚い言葉も、品のない表現もない。

なんなら、かなり淡々としています。

感情表現も、そこまで多くありません。

 

 

でも、読んでしまうんですよね。

自然に次へ進む。

「うん」

「分かる」

と、うなずきながら読んでしまう。

 

私には、本人の本音がちゃんと入っているからだと感じられました。

その人が経験してきたことや、その人にしか言えないことが、文章の中にある。

だから、読んでいて引っかかるんです。

 

正直、完成したメルマガは、かなり良かったです。

それっぽいことだけをきれいに並べた文章より、私はずっと読みたいと思いました。

 

このメルマガは、また近いうちに紹介しようと思っています。

Re-nkのメンバーにも、この書き方は教えます。

 

私が忘れなければ。笑

 

 

「見せ方」と「凄そうに見せること」は違います

ここからは、文章の「見せ方」についても、少し。

 

よく、

「見せ方が大事」

「魅せ方が大事」

と言いますよね。

 

もちろん、見せ方自体は大切です。

せっかく良い内容があっても、伝わらなければもったいないですから。

 

でも、中には、

大して凄くないものを、凄そうに見せる技術

みたいになっているものもあります。

私は、あれがあまり頭に入ってこないんですよね。

 

過剰に盛る。

必要以上に大きく見せる。

実態以上に、凄そうに演出する。

 

これは完全に私個人の感覚ですが、

ダサいな。

と思ってしまいます。

 

 

本当に実力がある。

本当に経験がある。

本当に結果が出ている。

 

だったら、淡々と出せばいい。

なんなら、少し控えめなくらいでもいい。

その方が、私はカッコいいと思います。

 

最初は凄そうでも、知るほどに「あれ?」となることがあります

漫画でも、そういうキャラクターっているじゃないですか。

 

最初は、ものすごく強そう。

怖そう。

存在感がある。

「この人、めちゃくちゃ凄いんだろうな」

と思う。

 

でも、物語が進んで、その人のことを知れば知るほど、

「あれ?」

となる。

 

言っていることと、やっていることが違う。

凄そうに振る舞っているけれど、中身が伴っていない。

そうなると、最初はカッコよく見えた演出まで、だんだんダサく見えてきますよね。

 

 

私は、メルマガでも似たことがあると思っています。

キツい単語や過剰な演出を使えば、最初は目を引くかもしれません。

「凄い人なのかな」

と思ってもらえることもあるでしょう。

 

でも、長く読んでいると、見せ方だけでは分からなかった部分が見えてきます。

何を実践しているのか。

何を経験しているのか。

言葉と行動が、つながっているのか。

 

最初の印象は演出できても、読み続けてもらうには中身が必要。

私はそう思っています。

一時的に目立つことと、長く信頼されることは、別の話なんですよね。

 

淡々としていても、実力が伝わる人はいます

逆に、最初はそれほど目立たなくても、中身がある人の発信は強いです。

 

過剰な演出をしない。

毎回、実績を大きく見せるわけでもない。

 

でも、実践を続けている。

考えている。

改善している。

そして、その過程で感じたことを、本音で発信している。

そういう積み重ねが、少しずつ文章にも表れてくるんだと思います。

 

 

例えば、タツさんや、ひろしさん。

この二人なんかは、まさにそうです。

 

真面目なことを発信していて、文章も淡々としている。

演出もしない。

煽らない。

なんなら、実績額すらほとんど出しません。

 

でも、私がメルマガを読むと、

「この人、実力があるな」

と感じるんですよね。

 

ちゃんとやっている。

ちゃんと経験している。

ちゃんと考えている。

そういうものが、文章から伝わってくる。

 

別に、

「私は実力者です!」

なんて言わなくても、分かるんです。

 

 

凄そうに見せるより、本当に凄くなる

結局、私はここだと思っています。

 

凄くないものを、凄そうに見せる。

ではなく、

本当に凄くなる。

 

実践する。

経験する。

失敗する。

考える。

改善する。

少しずつでも結果につなげる。

 

そして、その中で感じたことを、本音で発信する。

成功した時だけではありません。

うまくいかなかったことも、そこから何を考えたのかも、その人にしか書けない内容になります。

 

そういう中身があれば、必要以上に自分を大きく見せなくても、伝えられることはあるはずです。

 

文章の技術を磨くことも大切です。

でも、文章を格好よくすることばかりに力を使うより、発信できる中身を積み上げることにも、力を使いたいんですよね。

 

 

発信には、その人の「生き様」が出ます

長くメルマガを読んでいると、文章力以上に、その人自身が見えてくることがあります。

 

どう仕事をしているのか。

何を大切にしているのか。

何から逃げているのか。

何に向き合っているのか。

そういうものです。

 

だから、文章だけを格好よくしても、ずっとは隠せないと思っています。

生き様がダサければ、文章もそのうちダサく見えてくる。

 

逆に、派手な言葉を使わなくても、自分のやるべきことに向き合い、積み重ねている人の文章は、後からどんどん強くなる。

私は、そちらの方がカッコいいと思います。

 

 

AIを使うかどうかも、その後の話です。

まず、自分自身に何があるのか。

何を経験して、何を考えて、何を伝えたいのか。

それを、自分の本音として出していく。

 

目指したいのは、

「凄そうな人だと思わせる文章」

ではなく、

「この人の話を、もっと読みたい」と思ってもらえる文章。

 

私はずっと、そういうメルマガを多くの人に書いてもらいたいと思っています。

そして、そういう発信を教えてきました。

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